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2008年7月

先生、しんどい

助けて、と言えば、消えてしまいそう。

何物にもなれない自分がいると思うと、それならもういっそ消えてしまえばいいと思ってしまう。自分が大好きなのに、自分が大嫌い。自分は嫌い。自分は好き。わからない。自分を好きな自分が嫌い。自分を嫌いな自分が好き。全部嘘。わからない。自分がわからない。目が回る。自分が何なのか、わからない。言葉は額面通りにしか、受け取れない。自分はいつだって空気が読めない。気がきかない。自分は鈍い。自分には、何もない。自分は消えたほうがいい。心の奥底ではそう思っている人がいる。

髪の毛を抜いた。たくさん、今日は特別大サービスで、たくさん抜いてみた。毛束かってくらい抜けた。ふぅ。私にぴったりな遊びだと思う。先生に話をしたら少し楽になれたと思ったのに、それでもやっぱり抜いてしまった。髪の毛の多さには自信があるけど、さすがに毎日やったら禿もできるか・・・仕方あるめぇ。多いに抜くわ。腕を切るよりはお手軽だし。前髪がうっとおしいから、前髪抜こうかな…なんてね。

さぁてと、もう少し抜いて、寝ようかな。

来週は、お薬をもらおう。何がもらえるかな。

私が死んだら、どうなるかなぁ。まずどこで死ぬかってことなんだけど、とりあえず、海か山がいいな。山かな。発見されないような山がいいか。樹海…あ、そういえば、樹海って、富士山の近くなんだよね。富士山かぁ。富士山見たら、人生変わるかなぁ。人生。私の人生っていったい。自分なんて死ねばいいと思っている人生って。自分なんて消えてしまえばいいと思っている人生って。それって、人生なのかなぁ。人生として歩いている価値、あるのかなぁ。お金と酸素の無駄使いなんじゃないかなぁ。ほら、今だって電気を使って、ねぇ。自分のすることの無駄に、イチイチ嫌気がする。

卒業することに意味があるのかなぁ。生きていくことに意味があるのかなぁ。意味とかの問題じゃないのかなぁ。自分のことがわからないよ。これ以上誰かに全否定される前に、自分で否定してしまうんだ。

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チェルシー出てきた

明日の支度をしたら(すごい久しぶりに明日の支度した。最近明日の支度ってものをしてなかった。だって最近の思考回路→死にたい→明日がこなければいい→明日はもう来ない→目覚めない→明日の予定なるものは存在しない→何をすればいいかわからない→何をしても意味がない・・・っていう暗黒回路だったから)鞄の中に口紅とチェルシーが入ってた。就職できるかわかんないけど、今からやってみようかと思う。できるかなぁ。不安いっぱいですが。なんとか職にありつきたいです。

さっき、死ぬ前にやりたいことの一つ、お里の祖父母へ宛てて手紙を書いた。内容は、ほぼ懺悔。泣きながら書きました。こんなの貰ったら、迷惑かなぁと思いつつ・・・返信御願いしますと書いて明日出します。

明日は先生とたくさん話がしたいなぁ。

さっき、髪の毛抜きました。「魔王」を見て、終わったらすっごく髪の毛抜きたくなって・・・みてる間は爪噛みしてました。布団の上に、どのくらいかなぁ、わかんないけど、抜きまくりました。後ろ髪をひっぱるようにして、まとめて3、4本引き抜いて、それを布団の上にぱらぱらって放って、またそのくり返し。たくさん抜けると嬉しい。朝起きたとき、枕元に異様なほど抜けた髪の毛があることがあって、その時は「夜中に抜いてる・・・?」って思ったけど、たぶんそれは自然に抜けてるんだよね、きっと。いや、わかんないけど。髪の毛抜くのって、気持ちいいよ。なんか、安息できます。爪噛むのと同じだけど、髪の毛抜くと、成果がはっきりわかるし。後ろ髪、だいぶきてますw

さて、飲み会のことだけど・・・どうなんでしょうか、メールが来ません。わかんねぇー・・・私自身が楽しみにしてるには違いねぇって感じですね。アホか死ね、なんつって。なんだろう。自分達が煙たがられていないか、心配です(え)。あはは。次、無事に行われることを祈ります。

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よくわからない世の中

…明日は先生に会える。

一週間ぶりなのに、すっごく長い間会っていないような感覚。早く先生に会いたいよ。

先生にはいろいろ話したいことがある。飲み会のこと、人を好きになる気持ちがまだ残っていたこと、それでも死にたくなったこと、就職の不安、今日届いた手紙のことなんかも、全部先生に話して、私の中のことを整理したい。先生、私、もう少しなのかもって、ちょっと思うんですけど、違ったらがっかりだなぁ。

今日手紙が届いた。半年くらい前にイラストの公募に応募したんだけど、それの結果というかなんというか。「講評会をしますから何時に電話してください」っていう書面も同封されてましたが、これっていかが!?…怪しさ百点なので、様子見ってことで放置します。めっちゃ気になるけど。先生にも一応話してみよ。たぶんこれって、私が持ってる「絵」っていうことへのこだわりの表れでもあると思うし。。。。絵、認められたい。。。でも、変な商法にひっかかるくらいなら、ニートのほうがマシ。。。

・・・あぁ暑くて目がまわる。買い物に出かけてふらふらして帰ってきた。雨でずぶぬれです。

先刻、「また飲み会のお誘いがあるらしいけどどうするよ?どうするよ俺たち…?」とのメールが届きました。しっかりものH、ありがとう。キミのおかげで、生きながらえて死にそうです。あへ。

って、別にまた飲もうぜってことになったわけでもなんでもないけど、ぐだぐだしているうちに飲み会開かれそうなので?、明日また服を物色してこようと思います。(え?)(だって服、同じの着ていけないじゃん。お金稼いでないけど、服に頓着しようっていう気持ちがあるうちは、きっとまだいいじゃん。飲み会に行こうっていう気持ちがあるうちはまだいいじゃん、そう思っておけばいいじゃん。だろ?なんつって)とか思ってないと、完全にぶち壊しそうだから…自分自身。なんて都合よく考えておきますわ。ったく我輩のていらくめがっ死ね。

東京テレホン…はじまった。目がまわる。

あぁ、まぢで痛い。心がまぢで痛い。

嫌な予感を一つ二つ。

このまま就職もできないで、卒論も書けないで、目がまわり続けていて、死ぬように眠って…。

でも、死ぬ前にいくつかしておきたいことがある。

里のばあちゃんじいちゃんに手紙を書く。お父さんの御墓に。。。は、この前行ったからいいか。

それから小説を応募する。文字数数えたら、原稿用紙100枚近くあったんだね。あんな独白で100枚も書けた自分、すごいっす。なんてね。

それからあやさんの日記を全部読む。まだ全然読めてないので。

関口さんのDVDを誰かに譲る。誰がいいかな。先輩かな。みさあちゃんかな。

ネウロを譲る。ネウロを譲るのはAちゃんで決定。

いろいろある小説類も、譲る。死のうと思ったら、その前日にブックオフの人にきてもらって、引き取ってもらおう。「それからにピノッキオ」がいくらで売れるか、めっちゃ気になるw

おお、久しぶりにたくさん書いた。

ぐったりで、目がまわります。

明日、薬を処方してもらおうと思ったんだけど、やめます。たぶん大丈夫だと思うから。

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助けて

最近の口癖。「もう、死ねよ。自分。」

卒論のことも、就職のことも、病院のことも、何もかもお仕舞にしてしまいたい衝動に駆られる。悲しくて悲しくて、泣けてくる。

メールもつらい。恋だと思った途端、色褪せた。なのにシャットダウンしきれてない自分がいたから、もう死ねばいいのにって、髪を抜いて、爪をかんで、でも、おさまらない感じ。消えてしまえたらいいのになぁ。うーん、何か違うな。「隠の王」の宵風みたいな、あんな感じの願望だな。死にたいのか、死にたくないのかって言われたら、今は半々くらい。ぼんやりする。

このままやったら、何もはじまらんし、何も終わらない。だから、もしもこのままやったら、このまま何も変わらないのなら、まぁ、腐ってしまうような感じで、ぐずぐずに溶けていけたらええなぁと思う。

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胸が千切れそう

父方の祖父母から手紙が届いていた。遠く離れた場所にいる私のところには、手紙が出しやすいのだろうか。私のことを心配してくれるのは嬉しいし、気に掛けてもらえて有難いと思う。でも、正直手紙をもらうたびに、胸が千切れそうになるくらい、つらくて悲しい気持ちになる。お父さんのことを思い出すし、今の自分の情けない姿を考えると申し訳ない気持ちになるから。死にたくなる。消えて、なくなりたくなる。自分がいらなく思えてくる。それはいつものことなのだけれど、強く強くそう思ってしまう。

昨日は飲み会だった。はしゃぎすぎたぶん、自分を絞め殺してやりたくなるほど憎く感じる。ここには楽しい世界がある。そこは自分が入る場所じゃない。私はいるべきじゃないと思う。自分がいていい場所なんて、この世のどこにもない気がする。昔からそうだったのに、今までなんで気がつけなかったんだろう。なくなってしまえ。消滅してしまえ。何もかも、なかったことになればいいのに。もう、何も考えたくないよ。疲れた。

飲み会の後で、メールをしようと思ったけど、何を書いていいものか。さっぱりわからないわ。面倒だけど、今日中には送らないと、絶対ムリ。でも、それも、なんだかどうだっていい感じ。もう、疲れた。疲れたよ。

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小競り合い

久しぶりに夢を見た。色つきではっきり覚えていた。覚えているうちにノートに書きとめようと思って、つらつら書きました。久しぶりに文字を書いたような気分。いかんね、いかん。

・・・あぁ、目がごろごろする。というのも、コンタクトの賞味期限が切れているからです。洗っても洗っても駄目です。今から作りに行ってきますよ。ちぇ~。ったくだるい。体が重いです。お腹がはってて、つらい。紙噛んでます。イライラ。ムカムカ。眠い。でも眠くない。ぷー。

今日は「隠の王」をみながらだらだらして、そしたらお腹がすいてきて・・・我慢できなくて、やきそば焼いて食べちゃった。具、なし(笑)それからずーっと眠れるまで小説を打ち込んで、気付いたら寝てました。で、夢をみたわけです。あ、夢を見たのにはちゃんとした理由があるのです。昨日くらいから、ニコニコで「ねこぢる」のドキュメントを見てたのですよ。あと「ねこぢる草」も。(完全にあやさんに影響されてます(笑))そこでねこぢるさんが夢日記をつけていたということを知りました。んで、「私もやりたいなぁ」って思って。それで、夢を見ましたの。見たいと願えば、夢って見れるものですなぁ~。「ねこぢる草」のような無秩序(っていってよいのかも不明・・・)な夢ではぜんぜんなかったけど、いろいろと私の無意識らしきものが織り交ざっていて、興味深い夢でした。恐くなかったしね。

印象的だったのは、全然しゃべったこともない同じ学科の人の腕に、マジックでいっぱい線がひいてあって模様みたいになってたの(これはリストカット願望だよね)と、オルガンがなっていて「ん?この曲、私の着信音と一緒やーん」と思ってぼやぼや起きたら、本当に着信だったこと(汗 これは夢の枠が壊れてるw しかも着信は病院からでした~ひえ~土曜の病院の帰りにも電話があったし、その前にもかかってて(しかも二度とも出られず)…うーむ。二週前「先生、もう動けません…」って電話して・・・そのことと何か関係があるのかなぁ。それとも本当に病院から何か…恐。あ、それともなんだ、クライエントから電話があった場合はセラピストからもかけるように~とか、そういうのか?ってなんだそれ。そんなのあるわけねーか(笑)

小説を書きながら先生の勤め先の大学のHPを見てたんですね。でも、先生のことはよくわからなかった。私が陽性転移していることは自覚あるんですけど、それにしてもちょっとストーカーまがいで嫌になっちゃうなぁ。先生からの電話だったら嬉しくて出たいけど、もし違ったら・・・なんて思うと、起きていてもなかなか簡単には出られません。電話をかけてくれているあなた、ごめんなさい。たぶん、出られません。

さて、そんなびっくり着信から目覚めて、パソ起動。「ねこぢる草」をみていたらまたりしてきて、気付いたら二度寝してました。こらー。んで、今度目覚めたのもまた着信。携帯大忙し。姉からでした。その後も何度か姉から着信があって、母からもありました。どうやら従妹のおじい様が今朝方亡くなられたそうで。ご愁傷様です。危篤状態ってのは伺っていたのですが、なんのせよく知らない方だからねぇ。それに、もう今年いっぱいでしょうっていう予定(?)も立っていた人だったので…まぁとにかく、今はまだ彷徨ってらっしゃると思うので、どうぞ安らかにって感じでしょうか。いいじゃないかぁ。家族に看取られて・・・っていうのは嘘です。いろいろ気がかりなことあったでしょうに。それでも安らかであったことと思います。

そんなわけで(どんなわけだ)また私、実家に帰らせていただきます。とほほ。御通夜と御葬式に参加するんですって。いいですけど。いいですけど。いいですけど。いいですけど。明日の朝早くに家を出て、そんで実家に帰ります。あぁぁ、やばいなぁ。死にそう。死んだらまた御葬式だね(笑)

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玉ニュータウン

関口さんファンの私。

新番組「玉ニュータウン」は、まだ慣れないところが多いながらも、楽しくみていますw

専らの楽しみは、市来光弘さん演じるイッチィのコーナー「イッチィ散歩」。

紙でできたパラボラトカゲ…イッチィ。かわいぃ。なんて可愛いんだろう…

市来さんファンな私。

いつか舞台を見に行きたいなぁ~

もちろん、鈴村&櫻井コンビも好きですよ。

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暴露すること・命をつなぐこと

いやぁ暑い一日でしたね。サナです。

南条あやさんをwikiで検索したところ、生前あやさんがファーストキッチンのバジルポテトが好きだったとの情報をゲットしました。(情報元は著書「卒業式まで死にません」によるらしいです)

それを知って、猛烈にバジルポテトが食べたくなっていました。ところが私、ファーストキッチンというお店を知りません…そこでwikiを辿ってみましたら、どうやら名前の通り、ファストフード店のようで。さらに辿ってO宮にあるか調べたら、ありましたよ西口に。なので、いつも迷わず東口を抜けていくのですが、今日は西口へ出て、軽く何かを食べようかと思いまして、いそいそと出かけました。

それで駅について、西口にあるらしいという情報だけをもとに、西口付近をキョロキョロしながら歩き廻りました。暑い日差しの中たくさんの人が行きかっていましたが、人の流れに呑まれることなく頑張って歩きました。それで、見つけました。意外とあっさりみつかって良かったです。O宮のファストフード店に入るのは駅構内のお店につづいて二回目です。どうもこういうお店は苦手なのですが、今日はするっと入れました。良かった。

それで何を注文したかと言いますと・・・電車の中で「卒業式まで死にません」を読んでいたんですね。そこで「コーラを飲んで時間を潰してカウンセリングに行った~」というくだりがあったので、それにのっかってみました。で、コーラ(s)と単品のハンバーガーを頼んで食べてきました。コーラなんて何年ぶりだろう(笑 私は小さい頃から炭酸の飲み物を飲まないように教育されていたので、コーラやサイダーは中学生になってはじめて飲んだんですけど、最初はさっぱり飲めなかったです。辛い!!って思ったのを覚えてます。今ではすっかり慣れましたが。でも最近は、炭酸飲料ってあんまり好き好んでがぶがぶ飲めるものじゃないんだなって気がつきました。やっぱりお茶ですよね、緑茶とか麦茶とか。刺激があるっていっても、紅茶やコーヒーは、まろやかだし。のどごしは大切な要素です。って、話がずれずれで↓えっと、それで、二回へ行って窓際の席で食べました。「卒業式まで死にません」を読みながら。卒業式があって、TVの取材があって~…というくだりですね。もうそろそろ終わりに近いところなので、なんだかせつなくなりながら読んで、食べて、飲みました。でね、店内で過ごしているうちに、「こういうお店で食べたり飲んだり、カラオケに行ったり・・・・あやさんってやっぱり普通の高校生だったんだなぁ」って、実感しました。ODやリストカットについての記述には驚かされるところが多々あるけど、そんな場面も、もちろん普通の場面でも、書き方が読者に対していちいち優しいので、「普通の」、「当たり前の」、に見えてくる。それが彼女の文才、ポテンシャルなのだろうなぁと感じます。すごいなぁと思います。感心します。

私のブログみたいに、一人よがりではなく、伝える側への配慮がしてあるのですねぇ。

と、まぁ、ここで一つ止めて。

30分くらいでお店を出て、その後まだ時間があったのでルミネを散策しました。ルミネの二号館がお気に入りです。最上階へまっしぐら→→で、ビレッジヴァンガードをうろうろ。このお店は落ち着く~。前本屋さんだったのが、何時の間にやら不思議の本屋さんになってました。本や雑貨の配置の絶妙さがたまりません。いろいろみてまわっていたら「そろそろ時間だわ」ってことで、降りました。そこから駅を出て歩いて、少しだけブックオフに寄って(何をしたかったんだろう)、病院へ行きました。

病院は…正直、先週休んでいたので、ひやひやしなが入りました…。恐かった。私と一緒に、薬だけ貰いに来たらしい男の方が入りました。入ったら、いつも待合の時に終わってくる可愛らしい女の方が会計をされていました。この人、おしゃれなんだなぁ。髪型とかも可愛いんだ。背丈が小さめで「女の子」って感じで。それに比べて私ときたら…はぁあ。正直入ったときの私、泣き泣きの顔だったと思います。実際、泣きたい気持ちでしたもん。でもとにかく、今日は、何がなんでも先生に会って無視されようが怒られようが、謝ろうと思っていた…のです。そのためにも、ファーストキッチンであやさん巡業をしていたのです。頑張れ、自分という意味で。

先生が前の方の会計を済ませて出てこられるとき、ビクビクしてましたが「もう逃げられまいよ・・・」と半ば諦めの気持ちで先生を見たら、先生が「来ましたね」と仰ったのです!!いやぁ、嬉しかったです!先生は私を責めませんでした。どんな嫌な顔をされるだろうかと不安で不安でしょうがなかったのが、いっきに吹き飛びました。この時また泣きそうでした。(嘘かもだけど…)たぶん落胆されなかったよぉ。良かったぁ。感動です。それだけで、「一週間生きていけるなぁ」と思いました。やっぱり先生って、すごいや。

その後は、いつもの通り、じめじめカウンセリングへ。本当にまいどまいど、駄目な自分を語ってしまいます。今日はまず「先週なぜ休んでしまったか」と。『先生に自分の苛立ちをぶつけると、それが結局は自分に跳ね返ってきて恐いから…』と、つらつらと出てきて驚きました。自分がしゃべっているという感覚がないくらい、「はぁ~そうだったのかぁ」と自分で言って思っていました。それから「自傷行為に走りそうな気持ち」(これはあやさんに影響を受けているのかもしれませんが、そのことは先生には伝えませんでした)、あとは命日があって不安定だったこともあり「お父さんが死んだ時のこと」、そこから派生して「お父さんに裏切られた自分について」、「何をしても楽しめず虚しくなるばかりだということ」、・・・ほかにも「母親の悪いところしか見れていないこと」や「就職のこと」、「離人感(解離)」について。あと「死にたい」ってことも。

先生は最後に「楽しめていますか?」と訊きました。「ちっとも!」と答えそうになりながら、ぐぅっと黙ってしまいました。「楽しいときもあるんですよ…」(でもやっぱり何をしていても楽しくないんです。だから、何もしたくないです・・・)と続けて言いかけたときに時間でした。た。相当たまっていて…押せ押せで話しこんでしまいました。先生、ごめんね。とりあえず今は落ち着いています。ありがとうございました。でも、最後まで先生の目が見れませんでした。不甲斐無いや。自分に向き合えてないってことですよね。でも恐いんですもん。来週は見れるよう、努力します。目については、しゃっべっているうちに嘘つきな自分になっていくようで、だんだん目が見れなくなるのです。見たら負け・・・というのもありますけど。

終わって、会計を済ませたところで先生が励ましてくださいました。滅多なことで先生は話しかけて下さらないのに・・・今日はどうしたことでしょうか。来たときもそうだったし・・・ちょっと不思議でした。それくらい、今自分は切羽詰まっているように見えるということなのか、自分では判断しかねますが、とにかく先生が優しくしてくださって、サナは嬉しかったです。嬉しくて「分裂病になりそうです」(あやさんの言葉を拝借)。あぁ、時間よ穏やかに流れよ。そして、朝よ訪れるな。

さて、病院を後にして、鼻水をすすりながら歩きました。ロフトに入って歩き、またルミネに行って歩き・・・まったく歩いて歩いて歩いて・・・です。ルミネのビレッジヴァンガードに懲りずにまた登って(笑)ストラップと本を買いました。ストラップはうさぎちゃんです。今まで猫をひとつつけていたのですが、相方がいないと淋しいだろうと思って・・・というのは後付けで、尊敬するみっちゃん(声優の市来光弘さん)がうさぎ好きだということで買っちゃいました。猫がクロで、うさぎちゃんはしろで、モノクロでイイ感じです。あーこれで携帯がシルバーだったら言うことないのになぁ~・・・。

帰ってからコンビ二で買ったものをもさもさ食べてチャットしました。楽しかったけど、やっぱり虚しい気持ちになりました。チャットは仕方ないかぁ。

明日は洗濯をします。

…矛盾だけど、明日が訪れませんように。

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あぁ麗しき私の御爪

なんとも言えず、過食気味、えぇ。

今さっきお風呂から出て、無意識で冷蔵庫開けて中を物色2。きゅうりがあったので、洗わずかぶりつきましたぁ。凍ってた・・・笑

あとは眠るまで、凍らせておいたお茶を飲みやす。我慢します。

チョコ食べすぎて、肌ぼっろぼろです。睡眠時間もめちゃくちゃなので仕方ないっちゃないですが。あは。あ、そろそろ二時ですかぁ。まぁいいですけどね。昼間ゆったりと寝ましたからw生あくびばっか出てるので、横になっていれば眠れそうですけど、眠りたくないというか…起きたときのあの感じが嫌なので、今日は眠らないでいようかしら。

いや、駄目駄目っ。明日はカウンセリングなのですから、寝なければっ。でも、カウンセリング、また休んでしまいそうです。行きますけど、行きますけど。嫌じゃないんですよ?むしろ休んだからには行かないとね笑って感じなんですけどね。でも、明日先生になんていわれるのか不安ではあります。怒られたら怒られたで嫌~な感じだし、別に気にしてませんってなったらそれはそれでまたなんとも言えず悲しいし、とにかくも先生をがっかりさせるだの、先生を苛立たせるだの、先生の心の中に自分の存在をめちゃくちゃPRしたかったわけなんだけど、それがうまくいったかどうかが気になって気になって。確信犯です。でも、先生はたぶんそんな私の心の動きなんてお見通しなので、まぁ、いいです。何を言われても仕方ないので、おとなしく行ってきますよ。明日は晴れるそうなので、元気に行ってきますよ。

昨日は珍しくも九時ころ起きて洗濯だの片だの、ひっさしぶりに化粧だのしました。それからお昼に部室へ行って、友人Yと落ち合いました。実習へ行くときに貸していたものを返却してもらって、少しばかし話をしました。なんか、久しぶりに外を歩いたような・・・それから久ぶりに人と話をしたような・・・そんな感じでした。人としてどうよ、自分。まぁ、これはこれでよしとしますかな? そんな馬鹿な。購買でジュースとパン、チョコを二つ買って帰ってきましたぁ。あと、DVDもちゃんと返してきましたよ。樹の海、良かったです。今度は何を観ようかなぁ。

さぁてと。眠ろうか、それとも。

あぁ、今は死にたくないです。生きていたいわけではありませんが、まぁそんなもんでしょうかね。死にたいと思わないけど、遠い未来まで考え込むことはできませんな。それもまぁ、みんなそうなのでしょうか。みんなの基準に自分が合うかは、不明です。

あぁ、手首きりたい。

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嘔吐

炊飯器の中のお米に、ふりかけをまぜておにぎりを作った。三つできた。冷凍して、明日か明後日食べようと思う。

実家の野菜を少しずつ食べてる。たまねぎ、きゅうり、ピーマン、じゃがいも、豆。いろいろあるけど、いつもじゃがいもだけ残ってまう。じゃがいも、嫌いなんだよね(笑)おいしい食べ方を知らないのかな。もさもさしてて咽喉の奥につっかえる感じがして嫌いだわぁと思うんだけど…なんだろうねぇ、あの嫌な感じ。すっごく悲しい気持ちになるのよ、食べてると。蒸かしたやつが一番嫌で、次に肉じゃがの硬いタイプの。ポテトサラダは割りと好きだけど、でも、マカロニとかパスタの分量が多いやつのほうが好きだなぁ。かぼちゃももさもさしてるのは苦手で、できればべっちゃりしたやつが好き。みずみずしい感じのやつがね。

「リストカットしてみたいな」っていう気持ちが溢れてきて、困る。私の場合、一度切りはじめたら絶対何回やってしまうだろうから手を出さないように手を出さないように頑張ってはきた…けども。最近はどうにもこうにも、切りたくて切りたくて。いろいろ弊害はあるらしいけど、切ってる間はかなり安心できるんだろうなって思うと、あー安心感欲しいなぁ~って思って、ついついwikiで自傷行為について検索して読み耽ったり。

でも、駄目だよね…常習性があるらしいので。対処法でもないけど、どうしても切りたくなった時は指で何度も手首をなぞって切る真似をしてみてます。あとね、wikiに「赤いペンで線をひいてみる~」とか書いてあったから、それもやってみようかなぁと思う。

でも、もしも切るとしたら、まずはいい剃刀を手に入れないと…!! 切るとしたら寝る前だよなぁと思う。まずは部屋を片して眠剤を飲んで、ティッシュを用意する。それから切って、切って、切って、切って。血を見ながら落ち着いて、眠剤効果で眠くなって。これでいいかな?どんなもんななんだろうかぁ・・・実際は。なんでもアリなのかな?

文章を書くときのBGMは、専らエロ動画です。BGMとして正しいのかは疑問ですが、少なくとも眠気は飛びます。別窓で専門サイトを開き、それっぽい動画を選出し流しながら書いております。半分そこに意識が行ってるので、空中に浮いているような感覚で、普通に自分ひとりの時より集中できますの、ふふ。最近の好み(?)は無修正です!変な喘ぎ声はおもしろいんですけど、駄目ですな・・・いただけません。ないほうがいいです。どうせ聴くなら、アニメの素晴らしき演技が良いですので。生のは、ただでさえ撮ってる時点で作り物なのに、さらに演技まで組み込まれると萎えます。って、あたしは何を書いてるんだか。

それでは、また、書きます。

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tears in heaven

やっと目覚めました。

もう駄目です。

治療部屋は機能を失いました。

ここは何もない部屋です。ただ換気扇が回っているようです。私はここから出たくありません。ここは居心地がいいのです。居心地がいいのです。誰にも文句を言う必要もありません。誰にも迷惑をかけません。誰にも会いません。誰とも話ません。自分ひとりです。

あの親にしてこの子あり――なんて、甘えてんじゃねぇと言われそうですね。でも、言わせてくださいよ、弱ってるんですから。

家族に対して何も言えなかった自分を振り返って考えていると、涙が出て止まらなくなります。今から考えると、あの時の私はああするしかなかった。どう考えても、ああすることがベストな選択なのだと思っていた。それなのに、それなのに。

なぜ父は、家族を残して死んだの?・・・答えが欲しいから問うているのではありません。こんなに悲しんでいるのに誰もわかってくれない!と、そう思っているから問うているのです。なぜ、なぜ、なぜ、と、問うていれば、やがては疲れて考えるのをやめます。その後、心にざっくりとナイフを立てます。衝動的に、何本も何本も立てます。そして、まるでなに事もなかったような顔をします。そして立ち上がります。血が飛び散ります。廊下や床、天井、まわりにいる人の頬にも・・・噴出した血は、まだあたたかくて生臭いです。でも、誰も私の傷にも、血にも、そのあたたかさにも、臭いにも、気付いてはくれません。みんな静かにうつむいています。そして別のことを考えています。どれだけ傷をえぐって血を噴出させても、誰も気付いてくれません。私は口がないので、誰にも傷を負ったことを打ち明けられないのです。こんなにつらかった、こんなに淋しかった、こんなに傷ついた、こんなに理不尽な目にあった・・・どれもこれも言えないことばかりです。

頭の中がおかしくなりそうです。ぐるぐる目がまわります。もう、何もかもが嫌になりました。もう私が私を見捨てそうです。もう、いらない。消えてしまえばいいのに。朝目がさめなければいいのに。朝、体が消えていればいいのに。生まれてこなれば良かった。何もかも無かったことにできたらいいのに。全部やりなおせたらいいのに。もう二度と、失敗しないのになぁ。疲れたよ。もう、疲れて疲れて、嫌になっちゃった。もう、二度と、生まれ変わらない。嫌なことばかり。神様もいない。願いも届かない。こんなに我慢して願っていたのに。いつか、いつか報われますようにって。

でも、絶望しました。この世には、苦しいことしかない。この世には、私の願ったものは、何一つない。この世には。

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怒りの浸透圧

昨晩眠剤をいただいて4時ころ眠りについて、昼の一時すぎくらいに目覚めました。自堕落の極みです(笑)あんまりきかないなぁと思っていた薬でしたが、効きました。寝すぎです。起きてから何をしたかっていうと、何もしてない(笑)しいて言えば、鬱になってました。今の私には、それくらいしかすることがありませんので、えぇ。なんだかなぁ。おきても頭がぼーっとしてました。

カウンセリングを断ったからなのかどうかわからないのですが、クリニックのほうから電話がかかってました。と、いうのは昨日のことでしょうか?わかりません。そもそも今日がいつなのかもわかりません。夕方母から電話があり、さっき姉から電話がありました。でも、全然内容とか覚えてません。うーーーん、覚えてないというか、覚えてるんですけど、話をした私は、もはや私ではないというか。別人格ですね。本当の私は、いったいどこにいるんでしょうか。消えてしまったんでしょうか?書いている間だけは、私らしい気がしていますが、それ以外の時間、完璧に私は死んでます。こうしてパソコンに向かって何かを必死で打ち込んでいると、トランス状態になってきて、何もかも忘れられるんです。だから書いています。

さっきお風呂に入りながら、少し先生のことを考えていました。私、先生に心配してほしかったんだなぁって思うんですけど、でも、今となってはもうどうでもいいやって感じです。もう、先生には見捨てられて仕方ないようなことしてしまったと思ってます。先生、ごめんなさい。こんな風にしかなれません。私、やっぱり、先生と一緒にいると、すごく不安になるんです。先生と一緒にいると、自分が自分でなくなっていくような気がして。先生と一緒にいると、今までの駄目な自分でなくなるような気がするんです。でも、来週は行きます。そこで、先生に謝ります。それで、先生にもう一度気持ち伝えます。

昨日頑張って書いて消えたので、今日はその分を貼り付けます。

●作品執筆

20歳になって「夏の日」という作品を書き始めました。これは、父親が死んだ日、葬式、三回忌、今 の4つの時間を織り交ぜながら描いた掌編です。これがうまく書けたと自分では思っていたりして(笑)とんだ阿呆です。

●内容は

内容は「父親が死んだ日の焼きついた記憶」を全篇押し出して書きました。その時の私は、それを隣においたまま生活することにすごく不安を感じていたので、節目の年に一掃するつもりで書き始めたわけです。うーん、なんだろうなぁ、あの出来事は破滅を意味しているし、起爆剤でもあったわけだなぁ…と書いていて思いました。なぜそうなったっていう過程は明らかなのに(!)みんな一様に押し黙って隠蔽している。でも、真実は一つなわけです。一番書きたかったのはそして悲しみだな。私の肉体の半分を生み出した人を失ったわけだから。そしてわけのわからないまま時間が過ぎて、私はそれからもなんということなく生きながらえている。そういう自分に、何かしら折り合いをつけたかったんです。

●20歳の誓い

父が死んで49日を過ぎた時、私は一つの誓いを立てたました。「20歳になったら、死のう」って(笑)それは、当時呼んでた桜井亜美さんの小説の影響されたものです。17歳当時の私は、「とにかく死ぬしかない」って思ったわけですな。

●大学に行く?

お父さんが死んでから、いつか母さんに「大学には出してあげられない」って言われるだろうなって思ってたんだけど、それがなかった(笑)いつの間にか高校を卒業して三月になっていました。それで…大学に進学することになっていました。正直「アホくさ」と思ってたね。(←死んだらいい)お母さん、またお金をドブに捨てるのかぁ、と。フリーターになる、とかニートになるって選択支もじゅうぶん可能だったと思うのですが、そうはならなかった。別に頭が良かったわけでもないのに、大学に進学していた。それなのに「ふーん」って思ってた。ひねくれてました。もちろんそれは今もです。

●高校は「生真面目な不機嫌」をまとってた

高校は不本意っちゃ不本意だっだ。だから高校の時は不機嫌だったね。何もかも気に入らないと思ってたし…なんでかっていうと、姉貴と同じ高校だったから(笑い)同じ高校に行くと、比べられるっていうのが目に見えてたからね。それはマジで嫌だったわけだ。「どうせかなわない」とか思ってたし。高校では一緒にいて楽しいと思える友達ができて幸せだったけど、その前に私の意思とは無関係の進学っちゃ進学だったわけで、そこからもう不機嫌だった。「高校なんか行かんっ!」って言ったのです。馬鹿だった。どういう展開?って感じだね。なんで行きたい高校のこと、もっと知って説得とかできなかったんだろ? でもさ、いろいろ聞いてくれてもよさそうなもんじゃないかなぁっていう気持ちもあった。頭ごなしに「お姉ちゃんの行った高校でいいんじゃない?」っていうのが、ムショウに腹立たしかった。とにかく普通科、普通科、普通科、の一点張り。中学の部活だって、姉の入った吹奏楽にすれば良かったんだよって何回言われたことか(笑)マジでいやだった。比べられるのは、自分が駄目だって言われてるようですごく不快だったんだよね。何もかも「お前はお姉ちゃんと違って根性がないから、お姉ちゃんのやったことを教えてもらいながらうまくやればいいんだよ、それであんたは人並なんだから」って言われているようで(うわぁ、書いてて引くくらい、卑屈)まぁ、高校で成績がよければまた違ったろうけど…それはまったくでしょ(笑)そういう感じで、いろんな意味で不機嫌な生活だった。結構そういう人って多いと思ってたし、高校に合格できなかった人に比べたら良かったじゃないかって思えるけど…でも、「嫌々」ってのが顔ににじみ出てたんだろうなぁ。母さんも不機嫌、姉貴も不機嫌、私も不機嫌、みんなみんな不機嫌。そんな空気が嫌だったけど、私は私なりに、頑張ってたんだけどなぁ…。ちっとも認めてもらえてるって感じがしなかったなぁ。自分で自分を認めるってことが、さっぱりできなくなってた。だから何をしても駄目。それでも高校は勉強勉強だったから、それでつまんないんだなっていうのはわかってたからよかったんだ。なんのために高校行ってるのかなぁって思って。並行してどんどん学校から脱落していってるって感覚も出てきた。全部が全部じゃないけど、とにかく気に食わなかった。自分が嫌いで嫌いで、しょうがなかった。

駄々こねはじめ

もっとはっきり言ってもらわないと私はわからない」って叫びたかったんだろうなぁ。「バイトしなさい」「就職しなさい」「卒業しなさい」「一人でやっていきなさい」全部、言われないとやりませんよ って言ったら、殴られるかな?

むしろ殴ればいいのに。無視されるよりずっといいのになぁ…

●なんだそれ

母さんが言った。

「あとは、あんたの好きにしていいからね」

ふざけんなこの野郎。いい加減にしろ。何が好きにだ。だったら死ぬよ。殺せよ。抹殺だよ。お前の手で殺せよ。はやく。話を、きいてよ。寂しいよ。つらいよ。私を見てよ。何もできないよ。死にたいよ。でも死ねないよ。なんでお父さんが死んだのか、一緒に考えてよ。悩んでよ。私の悲しみを、癒してよ。お父さんを返してよ。あの日に戻してよ。もう、お母さんがわからないよ。私のことも、わからないよ。もう、わかりたくないよ。知りたくないよ。もう二度と、何も見たくないよ。何も喋りたくないよ。顔も見たくないよ。死にたいよ。

●構ってちゃん

構って構ってと叫ぶ子供みたいだなぁとつくづく。やっぱり私は、20歳の時に死ぬべきでした(笑)

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究極の駄目人間

今日は土曜で、カウンセリングの日です。でも、体が動きません。一歩も部屋から出たくありません。部屋というか、布団から出られません。横で待機中のパソコンの電源を入れてちらちら触りながら目を覚ましましたが、ちっとも動けません。なんとか洗顔をして化粧をしますが、行きたくないなぁ、電話しようかなぁ、という気持ちでいっぱいです。自堕落のきわみですね。そんなんでも時間はせまってきますので、なんとか外出して駅まで行きました。が、財布をあけるとお金が入っていません。入れたつもりになっていましたが、片道切符ぶんくらいしかないのです。もう、にっちもさっちも行きません。馬鹿です。行きたくない気持ちがそうさせているんだなぁ、とその時実感しました。その時の気持ちを正直にいうと「あぁ、やった。これでまた駄目になれる・・・」という感じです。以前、試験の時に財布をなくしたときも、たしかこんな気分でした。あぁ、私って一体、どれだけ駄目なんだ。先生曰く「駄目になりたいんでしょう?」・・・そうですね。その通りです。駄目な自分、大好きなんです。駄目で駄目で、もう「あんたバカっ!?」って言われたいんです。ドMです。「あぁ、自分らしいなぁ」ってすっごく思える。不思議なほど心安らぎました。これって、どういうことなんでしょうか。でも、今はすごく安心できていて、落ち着いています。カウンセリングから帰るときのざわざわした気持ちがありません。先生ごめんなさい。私、やっぱり先生と一緒に向上していこうっていうキレイな世界には、自分は行っちゃいけないと思うんです。だからすごく今は、自分らしい気がします。先生、ごめんなさい。別の人のカウンセリングの時間がせまってるのに、電話しちゃって。

昨日は父の命日でした。父は私が17歳のときに自殺しました。高校三年生の時です。その日は休日で、私は家でだらだらしていました。姉は前日からいなかったような、朝早くに出かけていたか、よく覚えていません。失業中だった父は、前日私を駅まで迎えにきてくれていて、その時出かける約束をしていました。どこかに出かける約束でした。それを覚えてはいたのですが、私は久しぶりの休みにかまけて惰眠をむさぼっていました。自分の部屋で眠っていると、父が「出かけないか」と言っていたような…そんなことをぼんやりと覚えています。それに答えて「いかない」と、私は言ったと思います。

それからしばらくして目覚めました。何か食べたか飲んだかして、パソコンにむかいました。友人が運営しているHPやそのブログ、掲示板などを徘徊するためです。あのころから(今ほどではないけれど)ネット依存の傾向があったと思います。接続の弱い感じのネットでしたが、はじめて手に入れた自分だけの世界って感じでした。ネットの中にいられる時間は最高に幸福な時間でした。

ネットをざぶざぶ泳いでいるうちに、いつの間にか昼近くになっていたと思います。その日、HPを運営している友人から「市街で遊ぶからおいでよ」と誘いを受けていましたが、なんだか行く気になれませんでした。前日に試験の結果か何かを受け取っていて、とてもそんな気分ではなかったのではないかと思います。そのころは正直学校へ行く気も失せていて、でもずるずると通っていたという感じだったのです。クラス替えの新しい仲間になじめなかったというのが大きかったです。でも、いじめられているとかはぶられているとか、そんなことはありませんでした。馴染めなかった、というのが大きかったです。自分から誰かに声をかけるということができなかったし、一人で平気なふりを懸命にやっていましたが、とてもそんな精神状態ではなかったと思います。今から考えても、何がそんなに嫌だったのかわからないところが多いです。ただ、自分が自分で、すごく嫌になっていたのは覚えています。なぜ自分がここにいて、なぜこんなことをやっているのだか、さっぱりわからなくなっていました。やっぱり受験、というのが大きかったかなぁとも思いますが、わかりません。

ネットを徘徊してだらだらしていると、父が作業着に着替えてやってきました。あの日、パソコンの前でふんぞり返っている私を見て、父はどんなことを思っていたんだろうなぁ…「ちょっと行ってくるから」そう言って父は出かけていきました。母も祖母も祖父も、野良仕事に出かけていました。我が家は、外の仕事が大好きな一家なのです。それで、父もそれにならって外の仕事をするのだろうと思いました。私は「わかった」と言って、たいした言葉も返さずに父を見送りました。少し珍しいかなぁ、お父さんが一人で野良仕事に行こうなんて・・・と思いましたが、ほとんど気にしませんでした。父は帽子をかぶって、首にタオルをまいて、濃紺の作業着を着ていました。

それからしばらくして祖母と母が帰ってきました。母は午後から予定があるらしく(何かの会合だったと思います)湯を浴びて服を着替えていました。私は祖母と一緒に洗濯物を取り込んでいました。「さぁお昼は素麺にしよう」と祖母が言っていた気がします。

しばらくして、「父も祖父も帰ってこないので母が呼びに行った」と祖母から聞きました。それで、また時間がたちました。三人とも帰ってきません。何かあったのか?と胸騒ぎがしはじめたのはこの時です。祖母にちょっと行ってくると言って、自転車で山へむかいました。あの時は恐かった・・・ただの胸騒ぎではなかったと思います。今にして思えば、何かしら感じていたんだと思いますが、もう遅かった、というのが正しいでしょうか。砂利道を必死で自転車をこいで山へ行きました。自転車の入るところギリギリまで行って、その後は走って山を登りました。昔、稲を作っていた、おどろおどろしい山です。機械が入らないため、手作業で稲を植えて刈っていた場所です。山へ入る途中で、何かが聞こえてきました。獣の声のような、誰かの叫び声です。「あー」とも「きゃー」とも聞こえます。最初は一体何なのかわかりませんでした。その声を聞きながら山を登って登って、何度も「お父さん」「お母さん」「じいちゃん」と叫びました。でも返事はありません。山はおそろしく静かで、ただひたすらに「あー」「きゃー」という声だけ、遠くから聞こえていました。それは子供のころ筍を取りにいった、裏の山のほうから聞こえているらしいとわかりました。そしてそれが、どうやら母の声であるらしいとも感じました。恐くなって、身震いしたのを覚えています。

それから山を駆け降りて、入り口に立ちました。裏の山へ行くため、この先の舗装された道をゆくか、一瞬ですがためらいました。そこへ祖父が軽トラックに乗ってやってきました。慌てて車に駆け寄って事情をきくと、祖父は首を手で切るような仕草をしました。そして「お父さん、駄目よ」と言いました。その時、私の中で何かが一つつながりました。今、父が危険で、側に母がいる。だから母が叫んでいる。

私は走り出しました。暑い暑い日で、砂が舞い上がっていました。走って走って、裏の山へと続くきりたった崖道につきました。母の声が近くなっています。あの時はじめて「頭がまわる」という感覚を体験しました。眩暈です。暑いはずなのに、体が凍っていくようでした。一歩登るたびに足がすくみました。一歩登るたびに母の声が近くなります。「だいじょうぶ」「だいじょうぶ」無意識的に自分にいいきかせながら、私は登りました。登りきると、鉄塔がありました。

そこには、父が横たわっていました。側で母が、大声で叫んでいました。恐くて恐くて、それでも私は側へ行きました。父は蒼白い顔で仰向けになっていました。母は完全に自分を失っていて、私が側によってもぜんぜん気付かない、という感じでした。そこから記憶が曖昧です。母をなだめるように座らせた記憶があります。父に向かって何度も何度も名前を呼んだ記憶もあります。母が私に「ごめんね」と言った記憶もあります。妙に自分は冷静だった記憶もあります。母が「どうするのよ」「おしまいよ」とめちゃくちゃに叫んでいたのも覚えています。私はもう、何が何だかという感じでしたが、祖父が救急車を呼びに行ったことは理解していたので、おそらく母が最初に見つけておかしくなってしまった、そして祖父がやってきて降ろした、そして母を残して祖父は家に行った、という一連の流れが思い浮かびました。私がついたころには、父は完全に動かなくなっていました。父の首筋には、青紫色の痕が、くっきりとついていました。

蘇生術なども、全然無知でした。テレビで人工呼吸のやりかたなどを見たことがあった程度でしたし、もし知っていたとして、実際にあの状況でできたかといえば・・・おそらくNOです。父が死んでいく、母が狂っていく、あの状況で私は、昔からの癖ですね、心を殺しました。抹殺です。この状況は自分のことではない、と一たん思い込みました、するとどうでしょうか。今までの恐さ、手足の震え、悪寒がすっと消えて、ただひたすら父の名前を呼んで体を揺することだけに集中できました。私だって自分を殺さなければ、確実に母のように狂っていたことでしょう。それでも、ここで私が狂って何になるでしょう。私は真剣に現実から目を背け、必死に父の名前を呼びました。心の底では「なんてことはない、お父さんは死ぬんだなぁ」と思っていたというのに。その感覚にすら蓋をして自分をまた殺しました。殺して殺して、あの日私は何人自分を殺したかわかりません。

やがてサイレンが響いてきました。救急車がきたのです。救助の人が担架を持ってやってきました。祖母も来ました。姉も来たような気がしますが、よく覚えていません。姉はいなかったかもしれません。

心配蘇生か何かしたか?と訊かれたので「いいえ」と答えました。救助の人は父の上着を脱がせ、何か確認した後「乗せましょう」と言いました。「助かりますか」と私は訊いたと思います。その時、救助の人は何も言いませんでした。どこかで「やっぱりな」と思った気がします。担架に父を乗せる作業も手伝いました。男三人と私で持ち上げたのにも関わらず、ひどく父は重かったです。

それから私も付き添って担架を運びました。救急車に乗せて、乗り込もうとしたのか、それともしなかったのか・・・私は結局乗りませんでした。祖父が乗ったのか、姉が乗ったのか、記憶が曖昧です。気付いたら車を見送っていました。そのあとまた山に登って、立ち上がれないという母に付き添うことになりました。その時、報道のカメラの人がいたのを覚えています。なんなんだこの人は、と無性に苛立ったのを覚えています。その人にいろいろなことを言われた気がしますが、何も心に残らず覚えていません。そのあと、母をささえて山を降りました。母の体もひどく重かったです。母はぶつぶつ何かを言っていました。心配して駆けつけてくれた近所の人が下にいるのが見えると、母は「私のせいだと思っているんだろう…」と言いながら、彼らを睨んでいました。その母の肩を支えている自分。なんだか、やるせなくなりました。あの時はもう何がなんだかという感じだったのですが、今考えると「こんなときまで、自分のことか・・・」という、ある種の憤りと諦めの気持ちだったんだと思います。

それから先は、病院に行くまで母につきっきりでした。親戚の誰かの車に乗せられていましたが、よくわかりません。ただ、母をなぐさめようという気もちは全然わいてこなかったです。自分の感情で手一ぱいでした。

病院について外来の入り口から入りました。その時には父は死んでいたらしいです。

知らせを聞いて、いろんな人が駆けつけていました。誰がいたんだか、はっきりとはわかりませんが、誰も彼も、なんだか誰なんだか、生きているんだか死んでいるんだかわかりませんでした。誰に何かを言われても、無性に腹が立ちました。父がこんなことになって、なぜこの人たちの生活は続いていくんだろうか、という気持ちです。その時の私の時間は、完全に止まっていました。心を殺した分の怒りが、ただただ流れ出しているという感覚でした。

個室に入ったところで、医者に呼ばれました。「何時ごろみつけた?」そんな簡単な質問だけだったので、この時はじめて自分自身で『父が死んだ』ということを実感しました。手許の書類に私が答えた時間を記入する医者。私はじっとその書類を見ました。「縊死」と書かれていました。はっきり覚えています。「縊」という文字が気になって、落ち着いてから広辞苑で調べて「ははぁん」と思ったのでした。

母は車椅子に乗せられていました。まるで曖昧なのですが、病院についてからの母の行動はわかりません。医者に何か訴えていましたし、医者も困ったようにしていました。その時も、何かむかむかした気分でした。

「お父さんに会われますか?」しばらくしてそう言われました。それで、別の場所に安置された父を見ました。父の鼻には何か詰め物がしてあって、それが印象的でした。母は父に会ったのでしょうか?車椅子に乗せられて見に行っていたような気もしますし、そうでない気もします。

どのくらいあの外来にいたのか、今では全然覚えていません。一度時計をみて、二時すぎくらいな気がしたのを覚えています。朝、何か軽く食べてから何も口にしていませんでした。腹のあたりがムカムカしていたのは、空腹のためだったのかもしれません。

それから父を車に乗せるために、鉄製のベッドに父を乗せてエレベーターで地下へ降りました。地下の駐車場に真っ黒の大型の車があって、その後ろに父を乗せたような気がします。私は助手席に座りました。それからそのまま家に向かいました。

記憶が断片的なのですが、警察の人が来ていたような気がするし、私は必死に何かを書き始めた気がします。泣いていたような気がするし、でもそうではなかったような気もします。

父は座敷に安置されました。

やがて姉と母が帰ってきました。夜は、その隣の部屋で、くたくたになって眠りました。いろんな人がやってきて、父の側に座っていったような気がします。ふらふらで、もう何がなんだかという感じでした。お父さんが死んだ、という事実ははっきりわかっていた。でも、私は私を殺していたし、疲れてた。もう二度と、自分を生き返らせたくないと思いました。

最近、殺したはずの自分が出てきました。そいつが暴れて困ります。今日カウンセリングをキャンセルしたのは、暴れる自分を押さえるため。暴れている自分と付き合うのに、疲れた。また、戻ろう、閉じ込めた自分に。

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消えてしまいたい

恨みつらみ・愚痴です。

小さいころから言われ続けた言葉がある。

「根性なし」

悲しかった。悲しくて、笑った。歩くのも遅かったし、言葉を覚えるのも遅かった。おまけに左目が斜視で、手は左利きだった。左利きは覚えていないくらいの時に矯正された。体力もなかった。根性がなかったからだという。

姉は、根性があったのだという。それと比べてお前は、と何度言われたことか。そのうちに母は、私を父と似ていると言い出した。はたから見て父と私は、ちっとも似てなどいない。多少骨格が似ているか?と思う程度。もう少しくらい父に似てもいいのではないかと思うほどだ。母と姉と私は、そっくりなのだ。完全に、母方の遺伝なのだ。それなのに母は「お前はお父さんに似ている」と言った。「お父さんに似ているから、根性がないのだ」と。

私が生まれる前の父と母の関係については、ほとんど知らない。正直言って、何を見てきたのかと自分を疑うほど、父と母の二人仲むつまじいという姿を見たことがない。いつも喧嘩ばかりしていたような気もする。それに、母は父の存在そのものを否定するような言葉を、平気でつかうようになっていった。あのあたりから、私の心はおかしくなっていった。

全部が、母のせいではない。でも、私の怒りの矛先は、今生きている母に向かっている。父が死んで、母は急速に娘に戻っていると思う。それに負けじと私も、幼児に戻っている。母に負けたくないのだ。母が気の毒? 笑わせるな、と私は祖父に対して思っている。祖父は娘だから母をかばう。祖母もかばう。そしてかばわれた母は、なんと幸福にいることだ。私から父親を奪っておきながら・・・

今日は父の命日。

父が死んで5年。私の中の怒りは想像以上に大きい。

怒っている。母の心の汚さも知っている。父の弱さも憎い。あの日を、私の一生の中から消すことができたなら。

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機能不全

いろいろなサイトを巡業して癒されてます。ネット依存でしょうか笑 

でも、居場所があって良かった。ネット繋がってて良かった。 

以前の記事を書いてからも、秋葉原の事件についていろいろと考えていました。加藤容疑者が自分に重なってくること、私も母親に殺意を持っていること、でも母親に愛されたいという願いを捨てきれないということ・・・いろいろありますが、とにかく今一番強く感じることは、「加藤容疑者は私の代わりに犯罪を犯してくれたのではないか」ということです。彼が実際にあの日起こしたことによる罪は許されるものではありません。が、今、加藤容疑者に自分自身が重なっている自分としては、ちょうどあの日 祖母が入院する実家に帰り、祖母の面倒を必死でみている母のもとへ帰ったのは、加藤容疑者の起こしたクーデターそのものだったと思うのです。彼が事件を起こしたというニュースを見て、私ははっとしました。私の中にも、彼の持っていたタガーナイフがあった。それはたぶん、母親に向かっていたんだと思うんです。彼があの日、事件を起こしていなかったら・・・私は抱えて持ちきれなくなったナイフを母親につき刺すこともできず、捨てることもできず、結局はいつまでも自分に刺し続けていたと思うのです。自傷行為。まず爪をかじって、次に髪を抜き、満たされないからめちゃくちゃに食べて、嫌悪感に嘔吐し、最後に手首を切る。母親に向けたら殺される怒りを、自虐的に自分に向ける。そんなことのくり返しなんだと思うのです。

そのくり返しから逃げたい、逃れたいと思うのに、逃げ出すことが恐い。自分で自分を認めることが、恐い。素直に母親に怒りをぶつけられない自分が、憎い。今まで何をしてきたんだろう。母に脅えて、何を押し込んできたんだろう。なぜもっと素直に、しっかり自分をみつめてこなかったんだろう。なぜ、もっと自分を知ってもらおうと努力しなかったんだろう。もっと泣いて、わめかなかったんだろう。なぜ「何を考えているのかわからない」と言われて怒らなかったのだろう。馬鹿にされてへらへらしていたんだろう。笑って誤魔化してきたのだろう。なぜ父が死んだ時、黙ってしまったのだろう。心を凍らせたんだろう。なぜもっと、本気で母にぶつかってこなかったんだろう。悔やんでも、悔やみきれない。

今から考えると、母は私を何も知らないのではないと思う。私が馬鹿であること。私が絵をかくのが好きなこと。私が実は、こんなに血を吐くような思いをしていること。そして、私も母のことを、何一つ知らない。母は本気で、私の幸福を願っているのだろうか。それとも私を幸福にしたことで祖母にほめてもらえる自分という幸福を手に入れたいのだろうか。そんな基本的なことすら曖昧で、不安でしょうがない。

*以下、内容ずれます

幼稚園のころ、痴漢にあった。クリスマス会に来ていた外人サンタさんに、体を触られた。幼児趣味だったんだろうか?謎だ。小学生のころもあった。中学はなかった。高校のときは、図書館で何度かあった。あれは恐かった。通っていた図書館で、初老くらいのおじさんが近くに座って性器を擦っていたんだよね。妙な音がするからちらっと横を見たら、おじさんが私を見てた。ぎょっとしたなぁ。完全にアレだったから。やばいなぁと思って離れたら、追いかけてきた(笑)逃げたけど、その後も何度か目撃しちゃって、だんだん笑いたくなった。あの時は恐くて(痴漢という存在の恐ろしさも自覚したので)母に打ち明けたんだよね。その時母親は信用してくれて(笑)、図書館の人にいろいろ言ってくれたらしい。「あまりにも腹が立ったから」って憤った表情で母が言ってたのを覚えてる。それで、しばらくして痴漢は捕まって、その旨の記事が新聞に載っていた。それで、私の痴漢騒動は終わったらしかった。けど、私の心は傷ついたままでした・・・おかあひゃん・・・慰めてくれりょ・・・っていうのは幼いでしょうか??母親は図書館に訴えてくれてその後の対策はとってくれて、それはそれですごく大切なことだけど・・・でもそれは、私のことじゃなくて、図書館のことでない?それは二の次でよくないかい?恐かったんだよぉ。どうしたらいいのかわかんなかったんだよぉ。慰めてくれよぉ・・・この虚無感・・・贅沢病なのかなぁ・・・確かに何もされなかったよ?逃げたし、初老のおっさんの露出に付き合わされただけだよ?でも・・・でも、あのね、正直笑わずにいられないほど戦慄だったんだって(笑)マジで泣きそうだったんだって。結局その後痴漢とかにはあってませんが、なんだかなぁ。贅沢病なんでしょうか・・・ふぅ。

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もうすぐ命日

7月4日はお父さんの命日です。今月に入って、なんだかすごく悲しい気分です。

お昼少し前に目覚めて、部活に行かないと・・・と思って支度をしました。

パソコンは夜中からずっと起動させたり落ちたりしてたんですが、目が覚めた時は起動してました。最近、ネットにあるBLCDを聴いたりしながら眠りについてます。好きな声優さんの声をききながら眠れるのは、今の一番の幸せです。

岸尾さんや平川さんの受け声が好きですw この前きいたのでは、野島さんの受け声・・・というか、可愛らしいしゃべり方に身悶えてました。いいですねぇ。でも、尊敬する子安さんの攻め声には、まったく反応できない私です。なんだろう・・・子安さんは黄色いカエルたんのイメージが強すぎて・・・笑

そんなわけで、かろうじて起動しながらエンドレスで流れていたのはなんだったっけ・・・いや、わかんないなぁ。。。。昨日きいていたのは「甘い融点」(神奈さん×ずん)と「ヒミツの新薬実験中」(成剣さん×野島さん)の二作。「新薬~」のほうが話の筋が通ってて(すじも何もないか?)好きでした。

それからクラスターエッジのラジオ、「嗚呼、クラスター学園」の神回をリピートしてました。勃起言いすぎで、溜息でした。あと、ギャリック砲?ずん、だいさく先生、よっちんはおやすみでゲストの神谷さん、紘君の四人が、もうめちゃくちゃで、好きすぎです。放送ぎりぎりの世界です。

それで・・・えっと今朝は「どうぞご歓談下さい。おい寺尾!」をききながら支度してました。岸尾さんと寺島さんのコンビによるラジオなのですが、もうなんか、ぐだぐだです。クラスターほどではないにしろ、岸尾さんも寺島さんも、弾けすぎて笑える・・・あぁ、愛おしい。今日9回が配信予定のはずです。わくわくw

って、それで、ききながら支度をして部室へ行きました。久しぶりの部活でした。部長からDグレの最新刊をお借りしてきましたーDグレは世界観が好きだなぁ。キャラの態度とか言葉じりはあんまり好きじゃないけど、絵とか服とか、武器とか黒い感じとか・・・ぐっと来るw

それで、部長にお返ししたのが「鬼畜眼鏡」の書籍化されたやつ。こっれが、えろいんだってばよ。もうのっけからエロいカラーイラストだからね・・・ぶふふ。バックで犯されてます。書籍のほうはずーっと御堂×克哉で、眼鏡要素は最初のほうにちらっと出ただけだったのでアレな感じでしたが、もう平川さんの声に全部脳内変換して読みましたよぉ~いやぁ、もう、普通にこれは、そこらのAVとかエロ本なんかよりはるかにえろいですって奥さん。

部長にはいつもいつも借りてばかりなので、今日は「ダーリンの頭ん中」という漫画を持っていって、部長にオススメしてお貸ししてきました。無理矢理って感じでしたが、おしつけがましかったかな。。。さーせん。でも、語学のたしにはなるかなっと・・・漫画だし。

あと、一個上の先輩とお会いしましたよ。卒業された方で、なんだかんだとお世話になった先輩が、教授にお借りしていた本を返しにわざわざこられたのでした。まさか部室におられるとは・・・驚きでした。今はどんな仕事をされているのかちょっとわかりませんでしたが、こっちに本社のある大手のスーパーマーケット店に内定をいただいた、という話をきいた気がします・・・が、実際そこに勤めておられるかは、不明です。部誌を買って下さったようで・・・ありがたやありがたや。

そんな先輩に北陸土産をいただいて、部室を退散した後、購買へ。月見トーストとグレープフルーツジュースを買いました。それからふらふらと歩いていたら、友人とばったり。ひさしぶりに会ったので、就職のことを話しました。彼女は実家の子で、家から通えるところでいろいろ考えているようです。私とは真逆ですね。高校のころの私を見ているようです。少なくとも、何もしないでふらふらしている私よりは、家に帰って家族を少しは安心させている彼女のほうが偉いなぁと思いました。「内定もらったでしょ?」と彼女がきくので、内心まさかっ!と思いながら「うーん」と言葉を濁しておきました。彼女がどう受け取ったかはわかりませんが、まぁ、傷の舐めあいをしてもはじまらないので、これでオッケーということにしておきます。やばいなぁ。

さて、友人と別れてソッコーで帰宅して、洗濯物を干して、パソコンにかじりつきました。今や、パソコンは私の友人です。恐ろしい友人を持ったよ、まったく。それから泣ける映画を探して「夕凪の町 桜の国」の前半を見て、それからいつも拝見しているブログ(「★あなたの子供を加害者にしないために」)を読んで、ひとしきり泣きました。少し楽になりました。

さて、お父さんが死んだ日のことは、今思い出しても恐いです。敢えて思い出す必要もないのに、思い出してしまいます。たぶんお父さんと最期に話をしたのは私です。その時も私は「パソコン」に向かっていました。そしてパソコンの中に救いを求めていました。そして父の言葉よりも、パソコンからの情報を取り入れてなんとかすくわれたいと思っていました。「ちょっと行ってくるから」そう言って父は出かけてきり、帰っては来ませんでした。

悲しい気持ちと、欲望を埋めようという気持ちの二つが同居していて、うまく対処できません。私はいったいどうしたらいいんだろうかと、悶々と考え込む日々です。というか、考えるのに疲れて、やめたいと思ってます。あぁ、なんか、何もかも面倒。そんな気持ちが、一生続くのかと思うとぞっとします。なんとなく悲しいという気持ちを見ないためにも、一刻も早く仕事をみつけ、卒論にむかいあい、将来のための資金をかせぐべきなのに、どれもこれも悲しく虚しい行為に思えます。必要なことなのに、私の中の矛盾です。みんな抱えてるんだとおもうんです。でも、そこばっかり見てしまう。そうこうしているうちに、自分が自分で亡くなるような気さえしてきます。

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自分の責任を、自分で取りたくない

そういう症候群というか、病気なんだと思う。

言い換えれば、我まま病、贅沢病、自己中、子供、社会不適合者・・・

私を罵倒する言葉が、いろいろ浮かぶ。

カウンセリングを行っておられる先生のブログを拝見しては、

これ私のことやん、我が家のことやん、と思うことが多々あり、驚いている。

私は2700グラムほどの体重で生まれた。予定日より一ヶ月ほどはやく生まれたために、少し小さめであったらしい。でも、そう小さいというほどではない。むすろ健康的なサイズだ。

でも、母も祖母も、心配した。「なんて小さいんだろう」「頭が、握りこぶしほどしかない」「髪の毛が一本もない」

・・・自覚がなくとも、私は感じ取っていた。「あぁ、私は早く生まれすぎて、望まれた姿形では生まれなかったんだなぁ」と。

それでも私はよく乳を飲み、太り気味というくらいに成長した。私は頑張っていたのだ。「大きくならねばっ!」と。母は「肥満気味ですよ?」と医者に言われ、ほくそえんだという。

言葉を発するのが遅い。なかなか歩かない。斜視で目が歪んでいる。中耳炎で耳垂れが起きる。幼いころからいろいろと弊害はあった。でも、子供はそういうものだろう。よく風邪をひき、病気にかかり、腹を下し、怪我をする。

「私は歪んでいる」、と認識せざるを得ない一言があった。

「ネジが一本足りないのかと思って心配していた」

母の言葉だ。小学生のころに言われたような気がする。

それから「本当にお父さんに似ている」。

母はことあるごとに父を罵倒してきた。父が母に愛想をつかさなかったのが不思議なほど、母の合理化と理屈付けは見事なもので、それを上塗りするほどの怒気と殺気が、母にはあった。母は恐ろしいほどの情念を持った女だ。その存在は、軍師・・・あるいは上官といったほうが正しいかもしれない。

母は父を罵倒し、姉と言い合い、実母である祖母をののしり、祖父の愚痴を言った。

すべて見てきた。

そして私が学んだことは、ただ一つ。母に逆らったらおしまいだ、ということ。

そしてそれを覆したのが、父の自殺だった。

高校生のころ、父が自殺した。あれはクーデターだった。父が最期に起こした、恐ろしいクーデター。

母は気が狂ったように叫んでいた。「どうするのよ」と。

どうするもこうするもない。お前が狂乱している場合でもない。

見ろ、現実を。こうして父が自殺したのは、こうなってしまったのは、いったいどうしてなのか考えろ。私に謝る前に、お父さんに謝るべきだ。

母はいまだに、まだそのことに気付いていない。

私は忘れない。

父が、たしかに、母の望んだような夫ではなかったという事実を。

母が、父の尊厳を、当然の如く冒していたということを。

そして、母と父の不和を当然のことと了解し、見てみぬふりをしてきた自分の罪を。

心を麻痺させ、母の不正に目をつぶってきたことを。

我が家の異常を。

母は祖母を連れて私の卒業式に参加するという。

アホかと思う。ゴメンだ。来るなら、卒業式には出ない。

成人式の時もそうだった。なぜ、成人式に姉と母が来るのだろう。

おかしいではないか。

これは私の式であって、「私を育てた人の功労をねぎらう式」ではない。

ましてや卒業式は「卒業させるために学費を納めた親の功労をねぎらう式」でもなければ、母が祖母に「私は娘をここまで育てました、誉めて下さい」という気持ちを表す式でもない。

とってもとっても卑屈な考えだということはわかっている。

でも、考えれば考えるほど、浮かんでくる。

私のテストを居間の壁に貼って、祖母に報告する母。

まず、私を認めてからにしてよ!

母は、祖母に認められてからでないと、私を認められないのだ。

ありのままの私など、認めないのだ。ありのままの私がでしゃばると、すぐに不快な表情をする。ありのままの私には、文句しか言わない。

はぁ、散々書き散らして、だいぶ、すっきり。

・・・母がきいたら、泣くだろうな・・・あは。

全部を、こうして母のせいにすることしかできない今の私。

救えるのは、私だけだ。

私が私を救える日は、いつ来るんだろう・・・。

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