午睡から目覚めてポストをひらくと、手紙が届いていた。里からのものだった。待ちに待っていた返信だ。ろくすっぽ返事も出さないで、自分が出した時だけ返信を心待ちにしているんだから調子がいい。雨が通ったのだろか、雷も鳴りはじめた。嵐の予感だろうか。恐い。
手紙を開いた途端、泣いてしまった。しっかりと封をされたそこには、二枚綴りの便箋につつむように添えられた二枚の写真があった。父の写真だった。一枚は「昭和33年7月父の名前(六歳)」と記された小さいもの。もう一枚は「中三関東関西旅行 十国峠にて ◎前列中央が僕です」 と記された大きめのもの。一枚目は。おそらく父の生家の前での撮影、二枚目は旅行の思い出のものだ。見たことのない父のふっくらとした顔つきに、涙が止まらなかった。父の面影。私はこっちに、父の写真を一枚も持ってきてはいなかった。
父の昔のころのことをいろいろきかせて下さい、と送ったつもりだったのに、こうしてリアルに父の写真を見ると、恐いくらいになる。何がわかったというわけでもないのに、なんだか祖父母に悪いことをしてしまったような感覚になる。罪悪感。あぁ、申し訳ないことをしてしまっただろうか。大切な写真を送らせてしまっただろうか。でも、見ることができてよかった気もするし、私の感情はばらばらになりそうだ。消えたい。ごめんなさい。許して下さい。祖母は私の手紙を読んで、ぱらぱら涙を流して読んでいたと書いてあった。ごめんなさい。わざとそういう文章を書きました。あの日の私とお父さんの、二人ともを忘れて欲しくなかったから。それを頼めるのは、祖父母しかいないと思ってしまったから。エゴなんだよね。つらかったんだもの。悲しかったんだもの。あの恐ろしい日のことを、私は一生忘れられないんだもの。わかって欲しいんだもの。知って欲しいんだもの。でも、誰にもいえないんだもの。先生にしか、言えないんだもの。苦しいんだもの。
人生いろいろねぇ。もう人生をしまっていこうとする人間と、さぁ今から大人ですわっていう人間じゃあ価値観が違いすぎるのかしら。やっぱり、通じ合えないのかな。わからないや。
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